このエントリーをはてなブックマークに追加

選挙に行こう!! みんなで行こう!!


[戦後第一回総選挙ポスター]
(国立国会図書館デジタル化資料より)
 このポスターは、1946年(昭和21年)に行われた、戦後初の総選挙の時の物です。20歳以上の国民全員が選挙権を持った初めての選挙。女性にも参政権が認められた初めての選挙でした。文章は、作家、生田花世さんによるもの。男女ともに選挙に参加できるようになった喜びが溢れていますね。

 現代の私達も、選挙権というものをもっと大切にして、全ての選挙で必ず一票の権利を行使して行こうではありませんか。

 さあ、みんなで呼び掛け合いましょう。
 「選挙に行こう!!」

「棄権や白紙投票で抗議」は逆効果

 選挙に関しては、こういう主張もあります。

「僕は選挙なんか行かない。棄権することが政治不信の意思表示だから」
「私は投票したい人が誰もいないので、何も書かない白紙を投じてきました」

 でも、棄権や白紙投票は、事実上の「政治に不満がない」という意思表示。無条件の白紙委任と同じ効果しかおよぼしません。それが日本の選挙制度なのです。
 (参考→はてなキーワード>棄権

 そもそも棄権や白紙投票は候補者の落選に全く影響を与えませんし、選挙権は「権利」ですから、行使されない権利は無視されるだけですね。

 政治に少しでも意見があるなら、それは投票という方法で表しましょう。誰にも入れたくない、という人も、その怒りをグッとこらえて、消去法で最後に残った候補者に。怒りは、今回入れた候補を、一票を託すにふさわしい政治家に育てていく力に変えていきましょう。投票の後も不断に政治に関わっていく。それが「国民主権」の正しいあり方です。

自分の一票では何も変わらない?そんなことはありません

 「自分一人、投票してもしなくても、世の中何も変わらない」
という人もいます。たしかに、何万、何十万、何百万人の中の一人ということを考えれば、そうかもしれません。また、衆院選の小選挙区制は“死に票”が多く、投票意欲をそがれることがしばしばです。

 しかし、ちょっと視点を変えて考えてください。一人の「選挙に行こう」「最善の選択をしよう」という意欲は、それが「君も行こう」「あなたも行こう」という呼びかけを伴った時、どれほどの波紋となって広がっていくでしょうか。

 一人黙り込んでいるだけなら、たしかに何も変わらないでしょう。しかし、周囲の人々と「選挙って大切だよね」と語り合うことで、そのメッセージが人から人へと伝播して、最終的には何十人何百人、いや、もしかしたら何千人、何万人の心に届いていく可能性だってあるのです。

 ましてや今はネット時代。一昔前なら著名人しか持ち得なかった影響力を、誰もが発揮していける時代です。一人の力も、けっして捨てたものではありません。

みんなで投票を呼び掛け合おう

 「投票に行こう」という呼びかけは、選挙運動にはあたりませんから、公職選挙法の規制を受けません。誰でも、いつでも(選挙期間前でも、期間内でも、投票日当日でも)、どんな方法でも(電話でも、手紙でも、ブログやSNS、Twitterなどでも)、自由に行うことができます。「一緒に行こう」と誘い合ったりすることも自由です。

 もちろん、特定候補の当選を目的とした言動は一切ないことが前提ですが、その方がずっと気軽に呼びかけ合えますね。どんどん呼びかけを広げて、少なくとも自分の手の届く範囲の人々の投票率は100%を目指しましょう。

一票にみんなの願いを乗せて

 まだ選挙権を持たない子供たち、言葉は話さなくても大切な家族の一員である動物たち、そして自然界のたくさんの生き物たち。私たちの一票には、そうした命の未来も託されています。

 そんなみんなの願いも乗せて、あなたの清き一票を、必ず行使して下さいね。

選挙権の歴史 まめちしき
 日本最初の衆議院議員総選挙が行われたのは1890年(明治23年)7月1日。選挙権が与えられていたのは、直接国税15円以上を納税している満25歳以上男性に限定されていました。有権者総数は450,872人。全人口39,933,478人の約1.13%に過ぎませんでした。ちなみに、北海道と沖縄県は有権者数がゼロ。立候補者ではなく、投票できる人がゼロだったのです。この時代背景、想像してみてください。

 1902年(明治35年)8月10日に実施された第7回衆議院議員総選挙では、直接国税10円以上を納税している満25歳以上男性に緩和されましたが、それでも有権者総数は982,868人。旧制度に比べて倍増したとはいえ、全人口の約2%にすぎませんでした。

 1920年(大正9年)5月10日に実施された第14回衆議院議員総選挙ではさらに緩和され、直接国税3円以上を納税している満25歳以上男性に選挙権が与えられましたが、有権者総数は3,069,148人、全人口の5~6%がせいぜいでした。

 投票における貧富の差別が無くなったのは、1925年(大正14年)。「成年男子による普通選挙を規定する法律(大正14年5月5日法律第47号、通称・普通選挙法)」という法律により、満25歳以上男性は全員が選挙権を得ることになったのです。しかし、相変わらず女性に選挙権はなく、平塚らいてうや市川房枝を中心とした女性参政権獲得運動は、「新しい女」というレッテルを貼られて白眼視されていました。

 こうした性差別も撤廃され、成人男女全員に選挙権が認められるようになるのは、第二次世界大戦の終結を待たねばなりませんでした。

 終戦の翌年、1946年(昭和21年)。当時の日本はまだ占領下でしたが、早くも1月21日には自由党が戦後新憲法の要綱を発表。2月14日には進歩党と社会党も新憲法要綱を発表し、3月5日には政府も新憲法要綱を発表するなど、新たな国作りが急ピッチで進められていきました。

 こうした中で行われた戦後初の選挙、第22回衆議院議員総選挙(4月10日)において、初めて女性にも参政権が認められ、現在と同じ満20歳以上の全員が投票できるようになったのです。

 現在の成人人口は、国民全体のおよそ80%あまり。有権者総数は1億人を超えていますが、2012年に行われた第46回衆議院議員総選挙の投票率は59.32%。歴代総選挙最低の投票率を記録してしまいました。先人たちが願ってもなかなか手に入れられなかった選挙権を、現代人は10人中4人、4千万人もの人が捨ててしまっていたのです。もったいないですね。

(文中敬称略)